野宿でしか味わえないものもある

野辺に一夜の褥を取り、星を眺め眠りにつく。
遥かな新天地を求めて荒野を征く、あるいは自分の内なる何かを探し求めて彷徨う旅。
観光ではなくもっと切実な、切羽詰まった理由を抱え、止むに止まれず何処かへ向かう者の道程。そんな旅には野宿という言葉が似合う。
昔から野宿旅というと、こうしたあるロマンチックなイメージと憧れがついてまわるようだ。
文字通り野宿とは、野外で寝ること。昔は寺社や民家の軒先を借りて宿泊することもあったようだが、現代では事実上、テントを張ってのキャンプスタイルを指すことになる。
また野宿という語感に、よりワイルドな感じを覚えるのは私だけではないと思う。そこには決して、綺麗に整備されたキャンプ場に泊まり、豪華装備で賑やかにくつろぐ、、というような情景は浮かんでこない。
想像できるのは、焚き火の僅かな灯りと少しの調理器具、素朴な料理といったシンプルな、野営の原点とも言える光景だ。

この野宿という言葉には、テントも使わず、何もなくただ地面の上で寝転がる、、といった意味合いも含まれている。
時にバイクツーリングなどで、田舎の公園の東小屋や道の駅の端っこに、スリーピングマットを敷いて寝袋にくるまり眠っている様子を見かけることがある。
しかし、そういった芸当が出来る人間は相当、野宿旅に慣れているか、そうでもなければ余程神経の太い人物だろう。
テント泊ですら経験を積み、適切な装備を持っていなければ、家のベッドで眠る程には熟睡出来ない。
そうなのだから、ましてや屋根も無く、吹きさらしの中できちんと眠るなどということは、精神的にとても難しい。寝る前にたらふく酒を飲んで泥酔でもしていない限り、ウツラウツラ、、何度も夜中に目を覚ますような仮眠状態にしかならない筈だ。そんな状態の睡眠では、1、2泊程度ならともかく、何日も長い旅を続けるには体力的に辛い。昔の旅人はどうしていたのだろうか?何人かの仲間との野宿で、誰かが常に交代で見張りをしてくれているというならば、まだ精神的にも安心だろう。
だが、一人旅や完全な山の中での野宿は、暑さ寒さも合わさって、完璧な眠りに入って行けることはそうそう無い。
それでも、決して快適でも便利でもないこの野宿旅に憧れを抱くのは、住み慣れた街を出て、野の旅を続け、何処かへ向かうという行為の途上で感じられる、沢山の心の煌めきがあるからだ。
時間にもしがらみにも縛られず、見知らぬ土地を進む自由、安堵、切なさ。
それと同時に、誰も頼るものも無い不安、緊張、寂しさ。
普段では気付くことのない、日常生活では眠ってしまっている感覚を呼び覚まし、様々な旅先の気配に心の触覚が触れる為には、出来るだけ身に纏うものが少ない方が良い。
それが故に、野宿旅というストイックな行為へと敢えて踏み出してみたくなるのである。

初めて自分のオートバイを手に入れた19才の秋、私は野宿旅に出た。
青森方面を目指し奥羽山脈の只中を一人、走る。初めてのツーリング。辿り着くべきアテもなく、でもこのバイクに乗って一人、野宿旅に出れば何か見つかるのではないかという、漠然とした期待、予感。夕暮れ前、潜り込んだキャンプ場らしき跡の森は薄気味悪く、まだ9月とはいえ、標高1,000m近い岩手の山中の夜は冷え込んだ。寒さと緊張で眠れず、薄い毛布を体に巻きつけ、焚き火をいじりながらウトウトとする。そんな時間の中では、自分は何をしているんだろう、何処に行きたいんだろうといった自問自答が始まり、やがて自分の生き方にまで想いが巡ってゆく。寒く、眠れず、惨めな今の状態が普段の生活と重ね合わさり、気弱になってみたり、明日はもっと走ってやるぞと気を持ち直してみたりと、気持ちは振り子のように揺れる。そうして迎えた夜明けのあと、冷えた体を温めよう小さな温泉に立ち寄った。
古い湯治場の湯は染み染みと体をほぐし、窓から差し込む午前中の陽の光は美しく、誰もいない浴室で、少しだけ何かをやり遂げたような安堵感を感じていた。

何処かに向かい一人、黙々と脚を踏み出し続たり、バイクのアクセルをひねり続ける。そして日の終わりには、何もない自然の中に身を沈めて寝床を整え、今日の出来事を思い出しながら、また来る明日を待ち受けるように眠る。孤独にじわじわと、しかし確かに足跡を刻みつける旅。何も持たず、誰も話しかける者がいない分だけ、コンセントレーションは無意識の内に高まっていき、その途中で見るもの、聴こえた音、肌で感じた感触というものは、妙に一つ一つが鮮明で記憶に残るものだ。繰り返される日々の暮らしの中で、摩耗した感性を研ぎ澄ましたい時、あるいは何かに悩んで出口の方向がわからなくなった時には、野宿に出てみることで気持ちや思考を切り替えることが出来ると感じている。
あなたは野宿と聞くと、どんな情景を思い浮かべるだろうか?

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