人間が野外で生きていくために必要な技術、というと、あなたは何を想像するだろうか?大抵の場合は、火を熾したり、動物や木の実、野草などの食料を手に入れるノウハウをイメージするのではないかと思う。いわゆる、”サバイバルテクニック”と呼ばれるものだ。
しかし、それを野外で生きていくための技術と書くと大仰で難しく、何か特別なトレーニングを受けた人だけが持つ、アウトドアの奥義のように思われてしまいがちだ。では、こんな風に言い方を変えたらどうだろうか?
”昔の人が、自然の中で暮らしていくために培ってきた術”
こう表現すれば、アウトドア感は薄れ、耳にする印象は少し柔らかく、キャンプなどを趣味としない人にとっても何となく、イメージがつきやすいのではないかと思う。この、先人達が日々の暮らしを送る為に磨いてきた知識や技術が”ブッシュクラフト”と呼ばれるものである。
古来、人は野山の中に身を置いて生活を送ってきた。獣を狩って肉を食べ、またその革で衣服を作り、身の回りにある草木や石を加工して、生活に必要な道具を作り出してきた。まさに、”ブッシュ=茂み”からクラフト=創りだす という、言葉どおりの行為そのものだ。
やがてそれらは発展していき、実用的な機能を求めるだけではなく、芸術性を求めて装飾を施されたりと、より快適でより贅沢に改良発展を遂げてきた。その延長線上の最先端にあるのが、今の我々の文明社会に当たるのである。
とすれば、原点を振り返ると、昔の日常生活というものはそのまま、我々がイメージするアウトドア生活にほかならない。今ではわざわざお金を払い、遠くまで出かけてレジャーとして行っているキャンプ。現代では遊びや楽しみになってしまっているが、これが以前は普段のライフスタイルだったのである。
薪をを割って火を熾し、山菜を摘んできて野外料理にする。山を歩きまわって鳥や動物の観察をして写真に収めたり、ナイフで木を削ったり紐で結び合わせたりして、ちょっとした道具を作る。今はどれも趣味のアウトドアとして行われている内容だが、昔は極普通に行われていたし、今でも農村や里山では当たり前の生活上の行動なのである。そういう意味では、”ブッシュクラフト”などと小洒落た言い方をしなくても、もっと世間の人には理解し易いかもしれない。
よく、田舎の山へキャンプなどに行くと、その土地に住む年配の方から、何が楽しくてこんなところまでわざわざ。。。と言われることがある。都会に住む者にとっては、アウトドアは好きで行うもの。だが、自然に囲まれた田舎で、その地に根付いて生きている人々にとっては、山や川からの恵みで生活を営んでいく行為というのは、レジャーでも何でもなく普段の暮らしな訳なのだから、こんなとこまでわざわざ、、と、そう言われるのも理解できる。
その為、昔から言われるように、農家のおじいちゃん、おばあちゃんがもっている知恵や技術はブッシュクラフトそのものだ。しかもその土地々々に合った最適なやり方、効率のよい方法を知っているのだから、当にブッシュクラフトの巨匠ということになる。食べられるキノコの見分け方しかり、竹を編んでカゴやざるを作る伝統のテクニックしかり、、、
中でも、獲物を求め山中を少ない装備で、何日も歩きまわるマタギ(日本伝統のハンター)などは、そんじょそこらのキャンプ好きなど話にならないほどの野外生活の知識と技術、そして豊富な経験を持っている。なにせ、追いかける相手の野生生物は険しい地形の中、途方も無い距離を動きまわる。当然、追手であるマタギは山道などを使うわけにも行かず、追跡行動の迅速さを追求すれば、余計な荷物を持つ訳にもいかない。
ということで、自然から手に入れられる食料、燃料を使い、活動することができる能力を身に付けているのだ。TVでやっている人気番組のDASH村などを見ていると、農作業や古民家再生、炭焼きなど、毎回のテーマに合わせて地元のプロが出てきて指導を行っている。これそこ、自然と共に生きている、日本のブッシュクラフトの具体的な例だ。
受け継がれてきた生活の為の技術に、今時のアイドルが四苦八苦しながら挑戦する。悪い言い方をすれば、単なる昔の田舎暮らしがこんなに面白く、TV番組で高視聴率を取るまでになってしまうのは、人間のDNAに潜んでいる野生の本能が共感するからではないか。
因みに、サバイバルとブッシュクラフトでは、技術的には重なるものが非常に多い。例えばエスキモーの使うイグルー(雪のブロックで作るドーム型の家)は、彼らが狩猟の際に移動しながら暮らす臨時の家だが、これがそのままサバイバルの教科書にも掲載さている。
この2つを分けるのはシチュエーションの問題だ。つまり、その土地に住み着き、そこで生活していくために使われる技術をブッシュクラフトと呼ぶ。
これに対し、遭難状況下などで生存して元の暮らし(文明社会)に生還するまでの間に使う場合には、サバイバル技術と呼ばれる。
一時的に生き残る為に食べたり飲んだりするだけならば、極端なことを言えば、食器は必要なく手づかみで済むわけだし、水を飲むにも川に直接口をつけて飲めば事は足りる。
だが、現地で生活していく上では、毎回の食事でそんなことばかりをしているのは不便だし、衛生的にも良くない。ということで、樹木を加工して器やカップを作り、より便利で快適な生活を送れるようにするための知恵と技術がブッシュクラフトだ。
何でも道具を買い揃えて出かける、モノ本位のキャンプではなく、かと言って極端に装備のないサバイバルでもない、その中間に位置するアウトドアスタイル。このブッシュクラフトに含まれるエッセンスを身につけることで、これまで何となく楽しく、けれどもそれなりでしかなかったキャンプやアウトドアライフが、もっと面白くて有意義になるのは間違いない。
自分の力、知恵と工夫で、野外での生活を作っていくこと。その中で試される自分の応用力や創造力、自然に対する知識が成長していくことの喜び。これを皆さんにも知ってもらいたいと思い、これから積極的に紹介したいと考えている。